続・みずうみ

小さく平凡な毎日の中で、自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「父と子のアラスカ〜星野道夫 生命の旅」

世の中の人たちは、どの程度毎日「感激」というのをしてるのだろう?

比べることもできないから想像もつかないんだけれど、

自分はほんとにしょっちゅう、一日に何度も、いろんなものを見聞きしては感激をしている。

 

今年のブログでは、映画以外でもそうしたことをちょこちょこっと書き残していきたいと思って「moving」というカテゴリを作ってみました。

 

今年のテーマは「正直できれいな言葉を使う」。なので、やだなってことよりは素敵、すごい、面白い、を掘り下げていきたいと思う。(今朝もだんなさんに「なんでもかんでも掘り下げ過ぎだよ」と言われたが、性分だと言うしかなかったんであった)

 

 

だんなさんは材木座へサーフィンに行ってしまったので、今日の昼間はひとり。

だから、さっき洗濯物をたたみながら、誰憚ることなくおいおいと泣きながらテレビを見ていた。

 

それは「BS-1スペシャル 父と子のアラスカ〜星野道夫 生命の旅」という番組。しばらく前に録画しておいた、写真家星野道夫の息子が父が生前訪れた場所、関わった人々を訪ねる旅のドキュメンタリーだ。

 

道夫さんの息子の翔馬さんは、ハンサムで考え深そうな、とても魅力的な青年だったなあ。「就職活動中」という言葉が似合わない。これは褒め言葉。

 

しかし1才半の時に有名な写真家の父を熊に喰われて亡くしたという父親に対し、その活動を夫の死後も広め伝える事をライフワークにしてきた母と暮らしながらも、全く父の話もせず、父の著作にもふれずに育って来て、「単にあまり関係のない人だと思ってきた」と冒頭で言っていたことには純粋にびっくりしてしまった。

無理に遠ざけて来たという屈託のあるニュアンスでもない。そこにはもちろん知られざるいろいろなことがあるのだろうけれど、番組の中ではあまり触れられてはいなかった。

 

ともあれ、ほんの2、3カ月前から父の写真を見、本を読み出した青年が、アラスカの父のゆかりの土地と人に会いに、順番に訪れるのだけど、なんて素晴らしい旅なんだろうと感激しながら見ていた。

会う人会う人、今の日本ではなかなか見ることのんないような、すごい面構えの人たちばかり。ゆったりとしていてほがらかで威厳を感じる。

そういう何の装飾もはったりもない誠実な目をした人たちが、心から愛おしそうに星野道夫さんの思い出を訥々と語る。そのさまを通して、星野さんがどんだけ素敵な人だったのかということが沁み入るように伝わる。

 

アラスカという辺境で、厳しい広々とした自然のなかで、人々がゆっくりと笑顔で暮らしている。それは、自分の暮らす日本の都会のスピード感、情報過多で密集した感じ、人がものごとに要求する厳密さ、人工的で隙のないスタイリッシュさなどとは対極的なたたずまいだ。いつか行ってみたいな、アラスカ。

 

道夫さんにかつて伝えたワタリガラスの伝説を、20年経ってその息子に再び伝える老人。静かで独特の抑揚で、音楽のように話す。まさに語り部だ。

最近やけに伝統っていうことばを軽々しく使う政治家がいたりするけれど、そんなものはご都合主義のイデオロギーでしかない。ほんとうの伝統とは、この語り部のおじいさんのようなことを言うのだ。美しい光景だった。

 

そして、自分には父親がいないという思いでここまで生きてきた23才の青年が、どんなに自分が望まれてこの世に生まれ、自分が父にとって希望の星で、どれだけ可愛がられていたかを知るということの泣けるほどの重み。

それをいろいろな事情で得られない人も世の中にはたくさんいるだろう。でもできることなら全ての子どもに、そのかけがえのない物語よあれと願う。

 

そして、親としての自分もそれだけはがんばって我が子に伝えるよう日頃から心がけよう。それさえやっとけば、後は相当適当でも大丈夫だと改めて思った。

 

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メディアのはしっこから

昨日は濃霧雨降りの中を、沼津まで取材。

インタビュイーの中に、ビルマ人のいわゆる「技能実習生」が3人。

昨日も昨日でいろいろと考えさせられた。

 

毎日毎日、わたしたちはいろいろなものに引き裂かれているなあ。

なかなかすぱっと格好良くは生きられないものだ。

現実を都合よく編集するということに対するジレンマといつも隣り合わせなことを、心のどこかがいつも苦しく感じている。

 

何事も、なるたけ第一次情報に接するというのが実に大事で、

間がかめばかむほどに、意識的/無意識的ミスリーディングを避ける事は不可能だ。

あらゆる情報にそれは当てはまるのだとつくづく思う。

 

だからといって、すべてに懐疑的な姿勢でいるのは、すごく労力を必要とするしんどい生き方になってしまう。

 

命にかかわることとか、ここはゆずれない大事なポイントというのを各自認識して、そのポイントにおいては、安易に流されて損なわれるようなことはないよう注意深くあり、その他の分野においては、結構なんでもいいという姿勢で生きていくというのが、こういう世の中における生き方のひとつのこつかもしれないと個人的に思っている。

 

「嘘は言ってない」というのは、もはや言い訳以外のなにものでもないというケースに取り囲まれてはいるのだが(だって例えば「言わないことあるいは書かないこと」で、あることをないことにするようなことは茶飯事な訳だから)、

この小さなブログでは、自分の接した一次情報で、大事と思う事については時々シェアしていきたいと思っている。

 

しかしそもそも、果たしてこの世にはソリッドな事実などあるのだろうかという根本的な疑念は残るのだけど。

 

 

ニットキャップマン

川崎で座れたー。ラッキー。

もう11時だというのに、東海道線は満員だ。

今日は午後から4人立て続けにインタビューで、最終の方が終わったのがもう10時過ぎ。朝から準備でばたばたで、昼ごはんも食べずだったので、ちょっとげっそりするほど疲れている。とにかく終わって良かった。明日のことは明日考えよう。

さっき川崎まで、私の前に座っていた、黒いニットキャップを深々とかぶり、赤いくたびれたジャンパーを着た小柄なおじさん。

スマホでずうっと動画を見ていた。

なんだか短い尺の、奇妙なかんじの動画で、上から見下ろす私からよく見えてしまうので、ついつい自分のスマホ越しに観察してしまった。

動画サイトとかでなく、自分のライブラリの動画を次々にスライドして見ている。

どれも中国の田舎というか、少数民族のような身なりの子どもや大人が日常の動きをしている。

大きな中華鍋で巨大な骨つき肉を子どもが二人掛かりで炒めている。

お母さんが息子を着替えさせている。

夜市みたいなところで、ピザ生地みたいな小麦粉をこねて作ったようなのをぺしぺしたたきつけている。

ほとんどは何をしてるんだか意味不明な感じだ。

中国語の看板の町並みの中に佇む人々。

とっても下手くそで、だからこその作為のない生々しい映像の断片の数々。

ああ、これはおじさんの故郷と家族なんだろうな、と気付いてふと切なくなった。

東京の深夜の混雑した電車にぎゅうぎゅうに押し込められながら、遠く懐かしい故郷をじっと黙って見ている。

川崎で降りたおじさんはどんな家へ帰るのかな。ひとりぼっちでないといいなと思う。

日本フィル×小曽根真コンサートへ

昨年のうちにチケット予約していた、日本フィルの定期公演に家族+ゆうたの友だちのオケの大学生と見に。

 

この1月は予期せず夫婦とも多忙になってしまったが、なんとかこれだけは、と死守して無事行くことができた。フリーは先が読めないので、大分先の予定に関しては、えいやっと思い切って先に決めてしまうしかない。

だんなさんは終わってそのままホールの最寄り駅から仙台へ行ってしまった。私はオケの役員会を欠席して帰って夕方から籠って作業の続き。やぶれかぶれだが、何とかなったと言うべきか。

 

今回のソリスト小曽根真。もちろんそれで決めたようなもんだった。演目は、十八番の「ラプソディ・イン・ブルー」。加えてプログラムには「ボレロ」も入っていて、いつか生で聴きたい2曲がまとめて聴けるというお得な演奏会だった。

 

数年前からクラシックの演奏会でコラボレーションする機会が増えて来た小曽根さんだけれど、なかでも「ラプソディ〜」はもう何回やってるんだろうか。

「小曽根さんで聴けるのは嬉しいけど」と行きの電車でだんなさんが言うので、

「いい加減飽きているのでは」と私が続けると、苦笑いして「そーなんだよね」と言っていた。

 

でもでも、確かにもうそのまんま弾いてもしょうがないっていうことだったんだけれど、すごく自由でjazzyで、小曽根さんらしい洒脱でスマートで愉しげな演奏を堪能した。ひとときニューヨークにいる気分に、なっちゃったなあ。何ともおしゃれな気分にさせられた。

 

指揮は山田和樹氏、秦野の人だそう。ガーシュインはあんまりやらないんですと言っていたけれど、あんまり仰々しくないおしゃれな感覚があって、軽やかにさらっとした味がよく似合っていたと思う。

踊るみたいに跳ねて指揮をするのが可愛らしく、若いから髪のキューティクルがつやつやしてるのが遠目にも(笑)

 

ボレロ」はだんなさん思い入れの一曲。ジャズでもなんでも、こういう単調な繰り返しの曲が彼は異常に好きだ。徐々に音楽の中にぐーっと潜っていくような無に入っていくみたいな感覚が好きらしい。

スネアが何より肝心のこの曲、出だしがこんな感じなんだ、とびっくり。ここまでの音のレンジはCD音源で感じるのは難しい。スネアドラムは太鼓の最終進化形だと誰かが言っていたけれど、納得。

序盤の弦楽器、ヴァイオリンとヴィオラがギターみたいに抱えて奏でるのもおもしろく。それで色々な楽器で主旋律を表現しながら、ひたすら螺旋を描くように、どんどんどんどん高まって、しまいにもう最高潮になる。銅鑼がぶわーん、ってなんて、急転直下で終わる。んーー、おもしろかった。

 

子どもたちも楽しんでいるようで良かった。そして、ゆうたと先輩の男の子がずっと楽しそうに音楽の話をしているのを見てにっこりとした気持ち。

親を含め周囲の誰も、ゆうたの興味についていけていないのに、先輩くんはゆうたとは比べ物にならない博識と深い音楽愛でふむふむと全部普通に受け止めてくれる。

しかも少しも知識を誇るでもなく、先輩風すら吹かせず、至ってふつーな感じなのが素敵だ。

小5のおっちんに「お久しぶりです、明けましておめでとうございます」と敬語であいさつをしているあたり、微妙に不思議感が漂い、さらに興味深い。

 

身近に素敵なお手本がいて、子どもたちは恵まれているなあ。

シンプルにただ音楽が好きで、何者にもなろうとしてなくって、それが暮らしに豊かな彩りを与えてくれるということを身を以て教えてくれているなあ。

 

忙しくっても、こういう時間をなくしてしまったら、何のために働いているんだという話なので、なんとか行けて良かった良かった。

 

さて、明日からは怒濤の3連ちゃんだ!

毎日夜遅いから、寒くないといいなあ・・・

ウォン・カーウァイから派生する映画話

 

朝ごはん食べながら、渋谷のル・シネマでウォン・カーウァイ特集をやるってよ、とだんなさん。独身OL時代に当時まだあった歌舞伎町の新宿コマ劇場で、オールナイトの中国映画映画祭があって、連日通いつめ、その時にカーウァイ作品も見たなあと思い出す。

 

香港映画に加え、「阿Q正伝」とか、タイトルも覚えてないずいぶんマニアックで土着的な中国の映画をいっぱい見た。映画そのもののクオリティー如何よりも、中国映画の持つ情念や血や残酷さ、それと背中合わせのたくましさや生命力みたいなものに魅せられていた。

 

立て続けにそんな奇妙な映画を見て、朝、疲れた風情のホストやら水商売の人たちに交じって気怠く駅までの道を歩いた。今思えば、やっぱりちょっと変なOLだったんだなと思う。一度、会社の同僚が興味を持ってついて来たが、どん引きだったな(笑)

 

カーウァイでは、「東邪西毒(楽園の瑕)」「Happy Together(ブエノスアイレス)」が個人的なお気に入りだけれど、「欲望の翼」あたり、また見たいなという気持ち。

 

花様年華」以降のカーウァイ作品は自分にとっては期待はずれで、急激に興味をうしなってしまった。だからこそ、自分にとっての「青春」とカーウァイ作品は、分ちがたく結びついているというイメージだ。あの時代に、同時代的に、あの作品たちに出合えたということ。

 

それだけに、昨年「ムーンライト」を見た時は、感慨深いものがあった。

大好きだったウォン・カーウァイに再会したような、何かが自分のなかで回復し、そして完結したという思いがあった。

 

 

「あの新宿コマは、至福のひとときやったわあ」という私に、

「しかしあなたはゲイの映画監督の映画が好きだよね」とだんなさん。

と言われてから「ムーンライト」も「ブエノスアイレス」も男同士の恋愛がモチーフになっていることにはたと思い至るほどに、自分は特にそれありきでは見ていないことに気付く。

 

それでも、たしかに映画に限らず、自分が好きな表現者に男性の同性愛者がすごく多いのは顕著な傾向だ。

俳優などでも、この人無性に好みと思っていたら「やっぱりゲイだった」ということは多い。予想が外れる事も多々あるけれど、「この男性魅力的だな、好感が持てるな」と思うと、結構な確率でゲイという。これって何現象なんじゃろう。結構虚しいものがあるとも言える。

 

逆に、マッチョで威圧的な男性が大の苦手。プロレスラーもボディビルダーもヤクザ映画に出てくるような人々も、ただただ「無理」である。

だんなさんは、実はプライベートでも仕事でも自分と仲良くなった女性はみんなそうだよ、と言う。

暴力的、高圧的な父親を持った人も多くて、後で知ってあなたもかと驚くって。自分もまさに。トラウマかーとほほ。

そして、マッチョが好き、男らしい人についていきたいみたいな女性とは、とんと縁のない人生だと。それはそれで微妙だねえと笑い合う。

 

 

だんなさんはゲイの監督の作る映画は「振り切れていない」ものが多く、そこが今ひとつはまりきれない、物足りない場合があると言う。

無意識的に予め分かり合っている、ある程度価値観を共有している層に向けて作ってしまっている部分ってあるような、と。

私は異性愛者だけど、すごく同性愛者に近い感覚があると思うよ、と。

もちろん例外もあって「ヘドウィグ・アンド・ザ・アングリー・インチ」なんかは、かなり振り切れている、普遍性がある、彼の作品はどれも好きと言う。

わたしだってアルモドヴァルは得意じゃないし、もちろんセクシャリティー以前に個人的な好みありきなんだけど。

 

だんなさんにとっての振り切れてる大好きな監督っていうのは、デヴィッド・リンチテリー・ギリアムといった人々らしい。そう言われるとなんとなく分かる気もする。

 

身もふたもない言い方をすれば、うじうじと堂々巡りをしているようなところがあるというか、耽美的というか。でも、そういうのが好きなんだもん。

 

そういう観点からすると、ロドリゴ・ガルシアもゲイじゃないかなーと思うんだけど、どうなんだろ。

そしてグザヴィエ・ドランやピーター・グリーナウェイに対する、私の持つ留保ない愛情みたいなものは、だんなさんとは絶対共有できないんだろうなあと思う。

こんなにも感じ方が違うって面白くて楽しい。

「anone(あのね)」

そういえば、坂元裕二脚本の新ドラマが始まった。あやうく録画を忘れるところを友だちが親切に知らせてくれて感謝。好きなものがいろいろ共通している友人がいると、語り合える楽しみもあり、情報交換できる良さもあり、ありがたいことばかり。

 

同じく坂元脚本の「カルテット」は、今も折りに触れて思い出す、自分にとってはすごく重要な意味を持つドラマだ。

この作品が問いかけることは、すごく独自で深くて、いまだ答えが出ずに考え続けていることもある。坂元さんは、いつもすごいところを見つめているなあと思うし、誰とも群れず、何にもおもねず、孤独にひとり深く観察し、思索して、自分の言葉をいちから紡いでいる感じがあって信頼できる。

 

河合(隼雄)先生が、「表現者は誰しも病んでいるものですが、すぐれた表現者は、個人的に病んでいるだけではなく、必ず『その時代の文化の病』を病んでいるんです」と言っていたけれど、坂元さんも、今の時代の病を背負っているひとりだなあと思う。「テレビでそれを言う」ことに、すごく値打ちがあると思う。今回もとても期待している。

 

忙しくってまだ見られていないけど、今晩おっちんと一緒に見るつもり。

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年明け早々

先を予測して考えられないから、まあだいじょぶだろうとたかをくくっていたら、正月明けてからずっと仕事に右往左往の日々を過ごしています。

中でも、広告代理店が間にふたつも挟まっている企業タイアップの案件では、飛び交う業界用語についていけず、頭がしくしくと痛んでおります。

 

あのさあ、小池都知事じゃないんだから、ふつうに日本語でゆおうよ・・・。「インタラクティブ」「リブース」「レスポンシブ」「リッチ化」「アサイン」とか。

代理店用語もよう分からん。「定性データ」だの「システム吐き出し」だのさあ!

 

ここまで向いてない世界がばりばりに繰り広げられる案件との認識が足らず、あーん断れば良かったー、とため息。

飛び交うメールの中でやりとりされる日本語の意味が普通に分からなく、脳内がしょっちゅうフリーズするので、自分はほとほと頭が悪いんではないかと思えてくる。

違う世界に住んでいるってこういうことよね、と久々に実感。

 

しょうがないので、短期決戦の今回はなんとかガッツで乗り切るが、今後は大きな代理店がからむ仕事はお金が良くてももう受けない。特にこういう類いのディレクションはおいらには無理だ。1ミリの興味も共感もないから、こじつけてひねり出すにも限度がある。

ないものはないのだ。

 

普段テレビCMも見ないくらいに、コマーシャリズムに無関心/懐疑的なのに、しっかり企業広告の片棒担いでいるなんて、なんとも狡いことだ。

それで結局、内心「この人たち、何をやっきになっているんだろう」みたいな温度差で関わっている。中途半端な自分を恥じ、申し訳ないと感じる。

残りの時間は、自分のだめさを自覚して、具体的に少しでも役に立つ事、迷惑はもちろん周囲の人の余計な負担を増やさないよう、言葉少なに粛々とやることを心がけよう。

 

それでも、フリーランスは自分の時間をどうとでも挟み込めるのが救いだな。

ひとつところに拘束されていないってすばらしい。

昨日もだんなさん、仕事部屋のアームチェアに深々と座って「さきほどは電車に乗っていて電話が取れなくてすみませんでした」と言い切っとった(笑)。

 

今日もこの後ヨガの2時間だけはしっかり死守だ。

先日も今年最初のヨガに行き、帰省の疲れも取れてとっても良かった。

先生がレッスンの最後に、いつも締めのコメントを合掌しながら言うのだけど、年初めの一言は、

 

「今年も、自分の身体をよく観察し、自分なりのアーサナを深めていく。そんな一年にしていきましょう」

 

うーーん、そんな一年、素敵やわあ〜と思いつつ、私もしみじみと合掌して礼をした。

 

ま、こうして書くとつくづくよくあらわれているけれど、「おばさんになった自分のずぶといことよの」となんとも笑える感じであることだ。